FBページのエッセイを転載※

【11月25日】創意工夫から来る感動

少し前に長男が参観日でオペレッタなる小歌劇を学年で披露するにあたり、彼の担当パート「ぴょんぴょこ踊りながら帰っていきましたとさ」の動きをどうするか、ということを書きました。


※ご参考に…※
11月19日【ぴょんぴょこ踊りながら帰って行きましたとさ 前編】

11月20日【ぴょんぴょこ踊りながら帰って行きましたとさ 後編】

振り切った大きなアクションを照れずにできるのかということがポイントでした。

 

 

 

昨日がその参観日。
長男は…振り切りました!!!

私はもう、感動の嵐で終始ウルウルしっぱなしの涙腺崩壊、この感動をどこかに伝えたい!!の気持ちでいっぱいでした。

結論からいえば、私が提案したオーバーなアクション、スキップはしませんでした。
彼は大きく手を左右に目いっぱい振って彼なりに「ぴょんぴょこ踊りながら帰る狸」を表現していました。
大きな声で力いっぱい朗読もがんばりました。

 

うちの子だけじゃなくて全員が素晴らしかった。
1人1人の本気と全力が合わさったパワーってこんなにもすごいのかっていうことを身をもって感じました。

やっぱり全力で振り切れなあかんのですよ。


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家に帰ってから長男になぜその動きに至ったのかを聞くと、

・大きなアクションが恥ずかしい気持ちも最初はあったけど、途中からはなくなった。
・恥ずかしくはないけど、発表する場所が狭かったのでスキップは無理だと判断した。
(確かにクラスの集合写真をとるようなひな壇で、ぎゅうぎゅうの状態での発表でした。)
この2つがあって彼なりに出した答えが、手を大きく振ってぴょんぴょこ踊る狸を表現するということでした。我が子ながら素晴らしい。
言われた通りにやるのもいいけど、
「一生懸命振り切れる」という本質的な点はきちんと残して、
発表する場所や状況を判断してその中でできることを彼なりに考えて答えを出し、それをきちんと実践した。

この点において心から素晴らしいと感じました。もちろん彼にも伝えました。

 

 

小さなことですが立派な「創意工夫」だと思います。

私という親が言ったある種の「当たり前」「絶対」を妄信せず、一度は考えて、自分なりの答えを出す。
小さなことでもこれを行う習慣がいずれはもっと大きな創意工夫に繋がるでしょう。

 

 

少し話が変わりますが、私はどちらかと言えば家でクッキーを焼くのが上手だとか、そういうタイプの母親ではありません。

そういうことが好きでない自分を責めるというか、「母親なのに私って…」と思い悩むこともありますが、私には私だからこそできる創意工夫があるはずだと思っています。

感じる力が強い私だからこそ、小さな心の動きや小さな頑張りを見つける。
感じたことを言語化することが得意な私だからこそ、言葉にならないような気持ちを現して声にして伝える。

私なりの方法でこれからも子どものいいところをたくさん見つけてたくさん伝えてあげたい。それが私なりの創意工夫です。

 

 
おしまい

FBページにてこのようなエッセイを書いています。はらぺこかぞくのFBページに「いいね」をいただければ更新情報が届きます。よろしければどうぞ^^


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ABOUTこの記事をかいた人

浜田 綾

ライター/コピーライター/エッセイスト 1981年生まれ 大阪府高槻市在住 企業で10年間ビジネス文書の作成に携わる。 同年7月電子書籍「ペコのプチエッセイ」を出版。 編集者、コピーライターとして活動の幅を拡大中。 幻冬舎・箕輪厚介氏主催の箕輪編集室にて「嫌われ者たちのリレー式コンテンツ会議」の編集リーダーを務める。2017年6月に「コトバノ」という屋号でフリーランスとして開業。